我が家の古猫ミミは、6月1日に23歳8カ月の生涯を全うし、静かに逝った。

これがベランダでの最後の散歩だった(一週間前の5月25日)
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テレビを見るのもこの時が最後だった(3日前の5月29日)
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「見るべきものは見つ」と悟ったように動かなかった(前日の5月31日)
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6月13日(金)    晴後雷雨  25度位
古猫ミミは、6月1日の朝8時頃にとても穏やかに
逝った。
1990年10月1日生まれ(筑波で娘に拾われた)
なので、23年と8か月の生涯であった。

6月1日、朝7時半にミミの様子を見た時に、四肢を横に
投げ出して寝ていた。体を支える力はないという姿勢
だった。
一昨日までは、水も、餌も、わずかではあるが自分で
口に付けていたのが、5月31日には食べ、飲む意欲を
失ったようだった。
家内が、綿棒に水を含ませて、口に入れてやった。
ほとんど反応はないが、わずかに舌舐めずりをした。
ゆっくりではあるが、呼吸をしているので、そのまま
横に寝かせておいて、私たちは朝食を摂った。
8時30分頃、朝食を済ませた家内が、ミミが横たわる
部屋へ様子を見に行った時には、ミミは既に呼吸を
止めていた。
死の瞬間に立会ってやることは出来なかったが、
人知れず旅立つというのは、むしろ猫の習性から
すると望んでいた逝き方だったのかもしれない。

当日中に近所のペット葬業者に焼却をお願いした。
翌日には、猫にはもったいないような壺に収めら
れて骨が帰ってきた。
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   ミミが元気な頃徘徊していた庭に、
   紫のホタルブクロの花が、
   ミミを見送るようjに咲いている
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5月1日に、上歯の歯槽膿漏の手術をした後の
回復は順調であったようである。
体重は手術前1,9KGが術後10日に2,1KG
に増えていた。
その後痙攣を1回だけ起こした。痙攣予防の薬を
微量飲ませていた。精神安定剤の副作用のせいか、
徐々に排尿の場所が乱れてきた。
最後の一週間は、トイレの場所までたどり着け
ないことが多くなり、2時間おきにトイレへ連れて
ゆき、失敗した後始末に苦労した。
いつか来る老老介護の予備体験だと覚悟して、
後始末に精を出した。
それでも、日中の生活は5月29日、最後の3日前
までは、膝へ上りたいと、じっと見上げたり、
膝の上でTVを見て普通に過ごしていた。
終末が近いと予感させたのは、前日31日に餌を
食べなくなり、水に少ししか口を付けなくなった
ことだ。
猫の1日は人の4日、5日に相当するというから、
終末の1日は4日間をうとうと過ごしたと同じ
なのかもしれない。

猫といえども、20年を超す歳月を共に暮らし、
顔を見合わせ、声を掛け合った仲間が、いなく
なる寂しさは、とても切ない。
古猫ミミの生態を報告してきたこのブログには、
ミミの死を、すぐに報告しなければいけなかった
のだが、直後にはどうしても書けなかった。
その後ミミの死を悼んでか、パソコンも故障して
しまい、報告が延びてしまった。

古猫ミミの、人間との付き合い生態の記録は、
わずか3年足らず(2011年9月27日開始)だが、
観察相手を失ったので、ここで一旦終わりとする。
猫百態を目指した素描もこれでおしまい。

今後は、時々猫の話題があれば書留め、
機会が少ないが落語行脚のメモとしたい。
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  元気な頃のミミ(昨年10月15日)
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  最後に描いたミミ(5月27日)
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