痩身の古猫も今年の酷暑をどうやら乗り越えた(みたい)

       冷房は厭なのだが、体は休まるのだろう、
       寝床へ入ってのんびりした顔になる
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       膝の上でチョン・ミョンフン指揮N響ベトちゃん「交響曲2番」を
       機嫌良く(仕方なく?)聴くミミ
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        時季外れだが、サルスベリの盛花ぶり
       
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9月4日(水)  (予報は雨だったが)降ったり照ったり  30度位
この老猫の生活報告ブログも3年経過したようだ。9月月初めにブログの
管理元からブログ3周年おめでとうの知らせを受けた。
ミミも20歳の大台を越して3年生きてきたということだ。6月に少し体調を崩し、
その後持ち直したが、8月前半の猛烈な暑さは体にこたえたらしく、一時食
が細くなり、鳴き声に力がなくなった。
前回のブログで報告したことであるが、ミミは、どんなに暑い日であっても、
部屋に冷房を点けると逃げ出して、35度以上の熱気が籠った部屋へ
移り、風も通りぬけない部屋の隅へ頭を突っ込んで寝転んでいた。
しばらく放っておいたのだが、人間社会では、東京だけで熱中症による死者
が100名を越すという報道を聞くと、35度が猫の体にいいはずはない、と
心配になってきた。現に、8月10日頃から食べる餌の量が少なくなり、従って、
便の量も小さく、活動が鈍くなってきたように感じた。熱中症でないにしても、
暑気あたりをしているのではないか、と判断した。

対策として、ミミに冷房慣れをさせて、暑気あたりを防ぐことにした。
ミミが逃げ込んでくる部屋でも、冷房を点けることにした。
当初は、逃げ込んできた部屋から出てゆき、居間の方へ戻り、しばらく
居間の冷房に我慢しているが、再び居間を出て、元の部屋へ入る。そちらの
部屋の冷房が効いてくると、居間へ戻る、という繰り返しをしていた。
「出たり戻ったり、また出たり」という福田赳夫元首相の言葉を思い出させるが、
そんな繰り返しをしているうちに、28~29度の冷房の部屋も特別不快な
部屋ではない、と気づいてきたようである。

8月20日を過ぎた頃から、ミミもどうやら冷房のが効いた部屋で日中を過ごす
ようになってきた。そのせいだろうか、8月下旬になりミミの食欲が戻り、
衰弱の症状は治まり、夏の危機は乗り越えたように見える。
猫を冷房慣れさせるが良いこととは思わない。でも、今年の夏の暑さは
異常である。来年の夏は、猫に冷房部屋を提供させる異常な夏でないことを
祈る。
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老猫ミミの問題でもう一つ、大分頭を悩ましたことがある。
本年春から起きたことだが、ミミが小便を猫トイレの入り口のすぐ外へする
ようになった。
原因は、老齢になり、排泄時の姿勢や後始末が、注意深くなくなった
ことによる。しばらく前までは、排尿、排便の場所や匂い隠しにかなり神経質
であり、排泄前に砂を掘り、くぼんだ場所へ排泄し、事後はこれに砂をかけて
外から見えないようにする(匂いを消す)、をきちんと実行していた。
最近の排泄時の前後の処理がかなりいい加減になった。尿も糞もくぼみも
作らないで排泄し、後に砂を掛ける動作もしない。
排尿動作を見ていると、四足は猫トイレに入っていても、前へ進まないので、
尻部がトイレの外に出ており、そのまま排尿すると、外へ漏れることになる。

猫トイレの周囲にビニールを敷いたり、新聞紙を重ねて置いたりして、対策
してきた。しかし、猫トイレ用砂のように防臭ではないので、部屋が臭くなる
こと、濡れた新聞紙を頻繁に取り替えをしなければならず、臭気に敏感な
家内には頭痛の種になってきた。
尻をトイレの外に出すのを前提にして対策を考えた。結局、現トイレの外で
尻が出る位置にもう一つ砂場を置けばよい、とケツ論を出して、これに
見合うプラスチックのトレイを買ってきて、これに砂を入れた。
(トレイは変化してトイレになる)
まだ10日ばかりの試行であるが、目下ははみ出した尻の排尿を上手く受け
ており、対策は成功とみている。
清潔好きといわれる猫も、老齢になると、このように自分の排泄物にも
無頓着になる。
私は、まだ70代だが、どんな無頓着が現れているのかが怖い。
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9月2日(月)若手研精会へ行く。
前座市助「出来心」
小辰「真田小僧」、通常は、小僧に小銭をくすねられた親父が、今度は
話をききたいという神さんへ「聞きたければ1銭出せ」で降りるのだが、
今回は、「うちの真田も薩摩へ落ちたか」までフルバージョンを演じる。
研精会らしく務めた。
こみちさん、出産休暇後、初の研精会高座。出産時刻は11時38分
だった、「いい産婆」で覚えることを教わった。何の噺だったか、思い出せ
ないのが情けない。
宮地「武助馬」、疾風が過ぎるがごとく、大声の波が響き去ってゆく。
中入り後、遊一「麻のれん」、日立寄席で、黒門亭で、と練ってきた
成果がある。夏場の噺として良い雰囲気が出ていた。
小駒「大工調べ」、研精会での二つ目最後の高座らしく袴姿。
しゃべりは滞りなくよく流れた。ただ、棟梁の啖呵は、観客に聴き取り
にくい。早すぎるか、言葉の区切りの配慮が足りないかによる。その後の
与太郎のセリフに関係するのだから、観客に啖呵の一語一語を事前に
理解させておく必要があるだろう。
帰りがけに真打昇進後も贔屓しますよ、と声をかける。
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       熱中症予防のため、何度も水を飲むミミ
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        描いていたら震度4近い地震がゆれる。ミミは
        感じてないみたい
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