3月3日は桃の節句、ミミの日

     膝へ乗りたいと立ち上がってくるミミ
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     ミミの日だから、仕方なく膝の上を開放する
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      暖房カーペットの上で忘我のミミ
      (眠りから覚めない日がいつかは来るはず)      
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3月3日(日)      うす曇り      10度位?
新聞の随筆欄に中島京子という作家が「三月三日」について書いていた。
「耳の日」「サルサの日」「三十三観音の日」、自分で付けくわえて「散々の
日」などが出てきて、お雛様の思い出が書かれていた。
読んでいる最中に、家内から突然、今日はミミの日ですよ、と言われて、
ああ、ミミも女だもんな、と返したら、「ミミの日」です、と念押しされた。
今日は全国の「ミミさん」の日でした。
そんな人間の会話はミミには猫耳東風のごとく流れて、朝からひたすら
膝へ上がりたがるだけである。
ソファに座っていると、足元へ来て、上がってもいいか顔を向けて私の
意向を探る。無視していると、後ろ足で立ち上り私の膝へ手をかけて
更に私の顔を覗きこむ。ここまで来ると私も仕方なく顔をミミへ向けること
になる。私はここで、ミミに膝を貸すか、只今は膝を貸す時間余裕がない
と断るかを決めなくてはならない。たいていは、私が折れるのだが、
すぐに立たなくてはならない時には、ごめん、と口で言い、渋面をして
頭を横振りする。すると、恨みがましい顔で「アウーン」と鳴いて、立ち上が
っていた体を下ろす。
今朝は、「ミミの日」と聞いては仕方ない、快く膝を貸してやる。丸くて
ごろごろして不自由な膝の上で二十分も座っていると、疲れるのか、
飽きるのか知れないが、いつの間にか去ってゆく。
今日は「ミミの日」、たっぷり膝を満喫させてやった。
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古猫の特質として気づくのは、人の顔色をよく窺うことである。
先日、サヤチン(ミミの元飼い主)の家で今飼っている若い猫(6歳?)の
動きを観ていたら、人間との気持ちのやり取りが全く違うことが分かった。
猫は、人の意を解さない、自分勝手な動物だ、といわれるが、それは
若い世代の猫のことであり、20年超を人間と暮らすと、猫もかなりの
社会的知性(行動学用語で人付き合いの知恵ー―顔で判断する力が
大切だそうだ)を身につけると、ミミを見ていて感じる。
私も「人の顔色を窺う」力が衰えると、猫にも劣ると言われるかも
しれない。
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        ある日のストーブの前のミミ
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