古猫は二百二十日が無事過ぎたので安心して寝る

        暑いのに寝床で寝るミミ
画像


      盛りが過ぎたさるすべりの花
画像

 
9月13日(木)       晴れ    33度以上

今年は二百十日も二百二十日も台風の到来がなく、無事に
過ぎた。日中の暑さの厳しさはまだ衰えないが、朝夕の空気が
少し低めになって、涼しさも感じられるようになった。朝起きてみ
ると、ミミの寝所は、夏の暑い最中は畳部屋の隅ッこであったが、
今は居間においてある丸い猫ベッドである。気温の違いを感じて
場所を変えているのだと思う。環境に応じて生活の場や姿勢を変
える力があるのはまだ老人末期ではないようだ。
先ほど、昼間に玄関のあたりをうろつくので、戸を開けてやったら
お尻を振りながら地上まで階段をゆっくりと降りてゆき、秋の
雑草が囲む棟をひと廻りしたようだ。10分くらいの散歩をした後
戻ってきた。階段を上がるのがきつかった、という風に、あう、あう
と居間へ帰ってきて小声で鳴いた。しかし、多少身体がきつくても、
テリトリー巡回をする意欲がまだある、と確認できた。

先日(9月4日)のBBC電子版に、「私は猫よりも長生きできるだろ
うか」という表題で、イギリスの統計学者が、自分の愛猫を引き合
いに出して一文を載せていた。
彼の20歳の猫は、呆けが出ていて、道路でもどこでも死んだよう
に寝ころぶ癖があり、あるとき死体と間違えられゴミ収集車へ放り
込まれたことがある、という。
この統計学者は、猫年齢を人の年齢へ換算するのに猫年齢X
7=人間年齢を用いている。20歳の愛猫を140歳の人間に
見立てて、私はそんなに長生きできないと嘆いているのだ。
長生きできない根拠は、得意の統計学を使って計算し、現在
59歳の彼は、現行の平均余命を計算すると23年であり、82歳
が寿命。今後の延命傾向を織り込んでも余命27年、つまり86歳
が平均的な寿命だというのだ。でも、140歳の呆け猫を見ていると
140歳まで生きたいとは思わない、というのが結論である。
猫年齢X7=人間年齢は、初めてお目にかかった(これまでは
X5だった)。統計学者にしては、換算に使ったX7について厳密な
吟味を欠いているのは問題である。
当家の猫は、まだゴミに間違えられるほど呆けて衰えていない。
でも、猫が誇る聴力や脚力は衰えて、老いた生き物の姿をさらし
ている。換算にX5を使い、ミミ21歳X5=105歳としても、ミミより
長生きしたいとは思わない。
     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「 市馬」の幟が立つ池袋演芸場入り口
画像



昨日9月12日、贔屓の噺家が出演しているので池袋演芸場へ
出向く。夜の部に入場した時、甚語郎が「猫と金魚」を演じていた。
ぼけた味も適当にあり、十分な笑いを取っていた。
仙三郎の土瓶廻しはいつ見ても、仙三郎のせりふの通り、
胸がドビン、ドビンする。
扇遊「干物箱」は堅実だが物足りない。
笑組、「銀河鉄道の夜」を素材にしたたっぷり20分の漫才。テーマ
がめまぐるしく変わる最近の漫才の中で、好感が持てる取り組み。
円丈の「グッツ、グッツ」で場面転換する「おでん屋」(?)は、セリフが
滑らかに出ない場面があった。まだ67歳なのに。

中入り後、白鳥はアフリカ出身落語家が出現する噺で爆笑をとる。
でも、オチの「人を食っている」は要注意。
今松「へっつい幽霊」の「テラを集めてくれ」はフルバージョン
でない時のオチだそうな。
アサダ二世、同業者マリックのテーブルマジックについて、軽話で
流す。まあいいか。
トリは市馬の「蒟蒻問答」、主任の役を果たしている。
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
        二百二十日のミミを描く
画像






















この記事へのコメント

この記事へのトラックバック