「だんしがしんだ」がミミは生きています

世の中の騒ぎを知ってか知らずか、何を考えているのやら
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11月25日(金)     快晴     気温18度
朝冷え込んできた。老猫には炬燵が入った防寒小屋はさぞかし気持ちの
よい場所であろう。今朝もミミは起きてくることはなく、私たちは7時過ぎまで
安眠できた。
本日は私が掃除をする日である(四角い部屋を丸く掃く)。掃除機の音を
響かせるとミミは小屋から出てくる。居間を掃除している間は、ミミは
ベランダへ出ている。今日は天気が好いので、ミミはしばらく日向ぼこを
愉しんでいる風である。

外でぼんやりしているミミを部屋の中からスケッチする。
スケッチを始めると、つまり私がミミを注視すると、必ず顔をそむけたり、
姿勢を変えたりする。ガラス越しであっても、私が注視するときの視線を
感じるようである。すぐに動くので、スケッチも素早くしないと全体像を
描き終えることができない。
       掃除の間外で日向ぼこするミミを描く
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21日に談志が死んだ。上から読んでも下から読んでも「だんしがしんだ」
なので、そのシャレで死亡報道してくれ、という本人の希望だったらしいが、
24日日経の見出しは「立川談志さん死去」だった。
談志を聴いた最後は、2005年12月23日「桂文我の会」で談志が客演
出演した高座である。その日のメモには、出し物は「短命」だったこと、
バレ噺を意識したのか、まくらで、男と女が小便の飛ばしっこを
する小噺を出し、女が「でも、手を使わないのよ」という落ちが面白
かったと記す。しかし、噺の途中で、ヒューザ社の社長の顔のことや
ヴェトナムの建設工事を請け負った国の悪口を言いだして、噺の
腰を折るのは良しくない、とも記している。
それ以降、談志を聴きたい!という意欲が湧かず、聴かずじまいに
なった。その分、彼の本は読んだ。「立川談志遺言大全集」全14巻は、
談志流落語の書き起こしであるとともに、噺毎の解説と付録のCDの
弟子とのやり取りの中に、談志が落語という演芸を通して何をしたかった
のか、その思いを伝えた本である。
そして、彼の弟子立川談春が前座、二つ目修業時代をつづった記録本
「赤めだか」も、談志の落語観がよく書かれていると思った。
弟子から納付金を取り、金の亡者だ、という評判もあったが、文句を言う
弟子がいないところを見ると、頂ける恩恵は納付金よりも大きかったの
だろう。私達と同世代で生きのよい噺家のうち、すでに志ん朝と談志を
失い、残っているのは小三治だけになった。  談志さんへ合掌。

    きれいな夕焼けだった 談志が西へ消えて行かア
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